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L'ETAPE DU TOUR by Imanaka

     
 

L'ETAPE DU TOUR by Imanaka

 日本人の活躍で驚きの連続だったツール・ド・フランス2009。当初は出場だけでも大きなトピックだったのに、新城幸也選手がいきなり第2ステージで5位、別府史之選手がステージ7位と8位に入り、最終ステージでは敢闘賞に輝いて、2人の活躍が日本の自転車ファンのみならず、世界が注目する大会になりました。現地で見る彼ら2人は、意気揚々としていて同じ日本人として本当に誇らしい存在でした。
 ツール3週目に同行した際の写真と共に、ここではエタップ・デュ・ツールを報告します。チューリッヒ空港に降り立っての《アルプス⇔南仏》の行程はトータル2000km越えになりました。

《灼熱のモンバントゥーへゴール!エタップ・デュ・ツール》

 今年のエタップはツールの2回目の休息日となった7/20に開催されました。コースはツール第20ステージと同じで、『魔の山』と呼ばれる南フランスのモンバントゥー(標高1912m)を上りきる頂上ゴール設定。

スタートから1000kcalの捕食をポケットに 自分を守る装備が必要

 サービスが行き届いた日本のイベントと違って、捕食が用意されるエイドステーションが2箇所しかないということなので、スタートから1000kcal以上の捕食をポケットに詰め込み、暑さに対処するために2ボトルを用意しなければなりません。僕はどこに行くにもポラー保冷ボトルを1つと、アームカバーや捕食などが入ったツールボトル1つを装備するのが常ですが、急きょ大会記念ボトルを自転車に差し込んで2ボトル体制です(本当にこれで命拾いしました。本当に熱中症の一歩手前でしたから)。
 逆に"ひょう"が降った寒いモンバントゥーステージも過去にはあったそうですから、こうした海外のレースでは悪天候に備えた様々なグッズを持っていったほうが無難でしょう。また頑張っていてもタイムオーバーで回収バスに乗ることになると、自転車を無造作にトラックに積まれてしまうので、ショートカットして自走でゴール地点を目指した方が良い場合があります。そのために大会側からもらう地図も折りたたんでポケットへ入れておきます。下りではその地図を広げて胸当てにも利用できるので便利ですよ。

通りを埋め尽くす9000人の隊列は圧巻

 スタートが朝の7時と早いので、5時にはツアーバスでスタートのモンテリマールへ出発。参加者が9000人というだけあってバスが近づける範囲も限られているので、皆さん自走でスタートに向かいます。ゼッケンナンバーによって並ぶ場所が指定されているので、混乱がないのはさすが。1万人に近いとマラソンでもスタートが大変ですが、自転車はさらに前後にクリアランスを必要とするので、ずらりと数百メートルにわたって自転車の列が続き、その眺めは圧巻です。

 そうして合図と共にスタート。僕は雑誌Tarzanの取材を兼ねて、ロケーションの良いところで撮影をしながらの走行でしたが、ずっと隊列が続いているので実にスムーズに走れて景色を堪能するのには絶好のイベントです(山岳コースなので上りはきついですが・・・)。それにちょっと頑張れば、速い集団で走れたり、前の集団に追いついたりというのが自在にできるのもエタップならではかもしれません。景色はまさに南国風。南フランスならではの広葉樹林や一面紫色のラベンダー畑が我々ライダーを迎えてくれ、コース上に中世の街並みや古城が登場して、まったく飽きることがありません。そうして中盤までは快適に進んできましたが、モンバントゥーの直前の3級カテゴリーの山がくせものでした。ツールを録画された方はリプレイでご覧いただけるかと思いますが、荒涼とした山をほぼ直線的に上る道路のため3級とは思えないきつさ。早くも気温が30℃を超えていて、脱水症状気味なのも影響して、モンバントゥーが心配になるくらい。

灼熱のモンバントゥーは本当に『魔の山』だった

 灼熱地獄の中でたどり着いたモンバントゥーのふもと。僕も"坂バカ"の一人ですから、いつもの調子なら"残り21km"という表示を見て「ヨッシャー!」と元気が出るはずなんですが、この日の暑さにはすっかりやられてしまい、うなだれそうな感じ。早く標高を稼いで涼しい空気を吸わないとノックアウトされそうなので、気合を入れなおしてまずまずのペースを保って上り続けます。44番という特別なゼッケンを頂いているので、上りでちんたら走るわけにはいきません。まわりでは暑さにやられて歩く人が続出し、熱中症で動けなくなる人が相次ぐ中、僕も手足がしびれ始めて、慌てて水を頭からぶっ掛けて強制クーリング。レース前には「リヤに27Tはオーバーだったかな」と思いましたが、用心して正解でした。別府史之クンがツールの前に言っていたように、森林がある中盤までの勾配がきつく、25Tでは余裕が生まれません。おまけに森林があると言っても、太陽が真上なので容赦なく陽が降り注ぎ、むき出しの腕や脚がチリチリ焼かれている状態。普段"男ギア"にこだわっていて軽いギアを付けないのですが、この日はさすがにこのギアに助けられました。

 いよいよモンバントゥーのハイライト、山頂の電波塔まで続く岩だらけのルートに差し掛かりました。ここまでは我慢してペースを維持してきましたが、暑さのせいかいつもより酸素が薄く感じられ始めたので、イーブンペースにスピードを緩めて頂上を目指します。目の前は、澄み切って青々とした空と白い岩山のためにコントラストが強烈で、目がチカチカしそう。眼下には日本では味わえない荒涼とした景色が広がり、ガレ場を切り開いて作られた道路を、まさに死に物狂いで上り続けるライダー達の列が延々と続いています。残り3kmあたりでしょうか、1967年のツールで亡くなったシンプソンの碑があり、僕は自転車を降りてお参りしてきました。僕がもし、ここまでの苦しさを味わっていなかったら、ただ眺めるだけで通過していたかもしれませんが、その時は彼の無念を感じずにはいられない心境でした。そうしてようやく山頂ゴール!かつて、友達のポーリーが逃げ切りで勝利を収め、アームストロングがパンターニと戦ったモンバントゥー。過去に数々の伝説を生み出した『魔の山』。地の果てのようなスケールの違う景色が、上り切った喜びと共に心にしっかり刻まれました。

 選手の頃には「プロは絶対にへこたれない!」と、自分に言い聞かせて頑張っていましたが、10年経った今はさすがにそれなりの走りで満足しています。でも、今年現役に復帰したアームストロングや、日本期待の別府クンや新城クンたちが飛ぶように走って行くのを間近で見ることができて、少し張り切ってトレーニングをしてみようかな?という気分になりました。またチャレンジできるなら、しっかり準備してバリバリの全開モードで走ってみたい、そんな意欲を掻き立てる魅力的な大会でした。

9000人が参加するエタップ・デュ・ツール。スタート地点は長蛇の列!あまりの参加者の多さにツアーバスもスタートに近づけず、皆さんと一緒に2、3km手前から自走してやってきました
ツール取材中の和田八束さんがわざわざ南フランスまで駆けつけて、バイクカメラでエタップの写真を撮ってくれました。この様子が10月14日発売のTarzanに掲載されます。左はラファの皆。右が編集長の大田原透さん。後ろはジャンーナリストの菊地武洋さん。途中までは調子よく進みましたが、さすがに最後は暑さにやられましたね
エタップ・デュ・ツールのツアーに一緒に参加した皆さんと夕食後に記念写真。新婚旅行で来られて夫婦で初参加された方から、今回で11回目という凄い方までさまざまでした。皆さんおつかれさまでした
海外では何があるか分からないのでこのコースマップをポケットに入れて走りました。地図の上がスタートのモンテリマール、そこから南東に進みゴールのモンバントゥーへ。フミが住んでいるマルセイユから100km程の場所です
エタップはこの第20ステージと同じコース。もちろんスプリントポイントなどはありませんが・・・
これはエタップの前日の写真。チューリッヒに飛んで、レンタカーで何とか第15ステージのスタート(ポンタルリエ)にたどり着きました。町の入り口から延々と観客の皆さんでごった返していて、ツールの偉大さを改めて感じさせられました
フェイユー兄弟の弟、ブリース・フェイユー(アグリチュベル)が最初の頂上ゴールの第7ステージを制して周囲を驚かせましたが、彼らが使っているマシンがこのKOM
マイヨヴェールのフースホフトが、出走サインを終えてチームカーに戻るところに出くわしました。2006年にもポイント賞に輝いているだけあって戦い方を知っていたのしょう。この15ステージでは笑顔でした
今日からアルプス3連戦という大事なステージなので会えないだろうと思っていましたが、別府史之クンがチームバスから降りてきてくれました。笑顔が絶えずメチャクチャ元気そうで安心しました。それにしても最終日のシャンゼリゼであれほどの強烈な走りをするとは、彼の能力には本当にビックリ
真っ先に世界を驚かせた日本人、新城幸也クンにも会うことができました。第2ステージで日の丸と共に新城クンの名前がTVモニターに映し出された瞬間、僕は涙が出そうなくらい感動しました。落車の影響で眠れないほどだったのに、パリでは果敢にゴールを狙いに行きましたね。更なる成長に期待大です!
タイム差を黒板で知らせるバイクです。こうした全てのものが絶妙にデザインされていてカッコいいですね
今回はジャーナリストの山口和幸さんのお陰でスムーズにプレスパスをいただきました。レースディレクターのプリュドムさんや、広報のクリストフさんにも特別な配慮をいただいて本当に感謝です
特別にクルマを運転してコースに入らせてもらいました。オーガナイザーの車に続いて走って行くと、レースを一目見ようと集まった大勢の沿道の皆さんが僕達にも手を振って歓迎してくれます。今年はアームストロング効果で例年にないほど観衆が集まったようです
この日の内に、遠く離れた南フランスのエタップへ移動しなければならないので、最初の山岳ポイントでの観戦でしたが、山岳賞ジャージーのペリツォッティが最初からポイント稼ぎに動いたため、もの凄いハイスピードで通過していきました。このステージでマイヨジョーヌに袖を通すことになるコンタドールを擁するアスタナの隊列も強烈。フミや新城の応援もできて良かった
エタップを終えた翌日も南フランスからアルプスへの移動を敢行して、第16ステージのサン・ベルナール峠の頂上(2473m)へ。新城クンの地元、石垣島から来られた応援団の皆さんにもお会いしました。この山頂付近ではこうして日の丸を掲げた方々が随所にいらっしゃいました。僕もそうでしたが、異国の地での日の丸を掲げての応援は随分励みになります
スキル・シマノのチームディレクターとしてレースに随行する今西クンもレースに先行して山頂に来ていました(彼はシマノレーシングの後輩なんですよ)。J SPORTSの中継にも、現場ならではの臨場感のある電話レポートをしていましたが、とても活き活きとしていて羨ましいくらいに良い表情をしていました。苦労も多いでしょうがそれを表情に出さないのは立派。チーム運営のノウハウをどんどん学んで欲しいものです
アルプスだけあって救助犬も来ていました。標高が高いので動悸が激しくなったり頭痛がしたりすることがありますが、さすがにここで救助犬にやっかいになることは無いでしょうね
協賛ブースから理髪店まで様々なテントが並ぶヴィラージュでは、僕も懐かしい出会いがいっぱいありました。彼は元世界チャンピオンでポルティのエースだったルブラン。僕がアシストしたツールでは落車続きで総合6位でしたが、それでも頂上ゴールを制した晩に皆でシャンパンでお祝いしたのは忘れられない出来事でした。お互いにいい歳なのに、今でも出会うたびにほお擦りをしてきます。ちょっと恥ずかしいです
帰国の翌日がパリゴールの解説だったので大忙しでしたが、別府クンと新城クンがパリのシャンゼリゼに到達してくれ、二人の嬉しそうな表情が何度も国際映像でズームアップされたので、疲れが吹っ飛びました。おまけに別府クンがシャンゼリゼでアタックを決めて、最終局面までレースを先導し、敢闘賞を獲得してくれたのですから拍手喝采です。写真はぎりぎりの睡眠で3週間を乗り切ったJ SPORTSのスタッフです。放送をご覧いただいた皆さんもお疲れ様でした!
 


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今中大介がアスタルロサに祝福の電話
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ツールの難関コースで片山右京さんが脅威の284位!
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