ツール・ド・フランスとは

ツール・ド・フランスに関する執筆やテレビ解説をしてきた今中大介が贈る基礎知識

 「熱狂の渦と共に夏の到来を告げる世界的イベント」それがツール・ド・フランス(以下、ツール)だ。1903年から始まったこのレースは、3週間にわたってフランス国内を巡る形で総距離3,500km前後で争われる。テレビでの報道は世界の140チャンネルにも及び、人気はサッカーのワールドカップに匹敵するビッグイベントなのだ。私の出場した‘96年には自転車好きのオランダを出発したことも手伝って、なんと初日だけで450万人という観客動員数を記録しているが、これは実に東京ドームの最大収容人数の約80倍という信じ難い数字になる。

1.ツールは『マイヨジョーヌ』をめっぐって争うステージレース

 ツールは“ステージレース”と呼ばれるレース形態をとっており、通常1日に1ステージ約200kmのコースを設定して、連日変化に富んだステージで競う。最も名誉なのは個人総合時間賞で、誰が最も所要時間が短いかを判りやすくするためにその時点でトップの選手がイエローのジャージを着用している。それが“マイヨジョーヌ”と呼ばれるジャージで、最終日のパリのシャンゼリゼにゴールした際に、最後に着用できた選手が実質的なツールの勝者となるのだ。他にもこのような特別に意味のあるジャージを着用するものに、ゴールや途中のスプリントの順位でポイントを稼ぐ“ポイント賞ジャージ(マイヨ・ヴェール)”や峠の頂上の通過順位でポイントを争う“山岳賞ジャージ(マイヨ・ブラン・ア・ポワ・ルージュ)”が注目を集めるが、もっぱらファンの注目はマイヨジョーヌをめぐる攻防と、各ステージごとにハラハラドキドキさせられるステージ優勝をめぐっての目まぐるしい展開に注がれる。

2.ケタ違いの名誉と報酬がレースをハイスピード化させ、極限状態を生み出す

 激闘といえば“アルプス山脈”や“ピレネー山脈”といった山岳コースが有名で、標高2,000〜3,000mの峠を3,4回こなすような過酷な日が連続していたりするのが常。一つ一つの峠をクリアーするのに30km以上も上り続けるという場面が多くて、まったく気の遠くなるような話なのだが、そこは世界のトッププロだけが出場を許されるツールだけあって、あたかもモーターバイクの一団が駆け抜けているかのように、選手たちが超人的な速度で上って行く光景を見ることができる。さらに下りは多くの選手が得意とするところで、鋭い動体視力とカンを頼りにガードレールのない崖淵を時速100kmでカッ飛ぶが、異常なまでに勝つことに神経質になっている状況の中では、百戦練磨のつわものでも必ず何人かは崖から飛び出してしまう。それでも大抵は骨折程度で済むが過去には死者も出ていて、命懸けのレースであることは間違い無い。ケタ違いの名誉と報酬がレースをハイスピード化させ、極限状態を生み出すのだ。

 平坦のステージでも実は常にアップダウンを伴っているのが常だが、そんな所でもスタートからアタックの応酬が繰り広げられて時速60kmで進行するといったシーンも多く、今年は平均時速がとうとう50kmを超えてしまうステージが存在した。しかも平坦ステージでは通常ゴールスプリントに持ちこまれるため、ラスト30km程は狂ったようなハイスピードで進行し、最後はスプリンター同士が他を叩きのめすかのごとく猛獣のように突進して勝敗を決する。その際のスピードは時速75kmにも達するのだ。

3.激闘のツールに出場できる条件とは

 ツールがどんなレースなのか感じがつかめただろうか。じゃあ、どんな選手が出場しているのだろう。世界のトッププロだけが出場しているとは述べたが、厳密には、世界に存在する76のプロチームの中でも無条件に出場できるのはトップ18チームのみで、それにオーガナイザーの推薦する4つのチームが加えられて、合計22チームの出場枠が決まるのだ。しかも1チームは9名で構成されるから、その時点の世界のトップ200人が出場していると言ってもいいだろう。

 個人ではなくチーム単位で出場枠が決定されることを不思議に思われるかもしれないが、実はチームプレイなしでは成り立たないのがロードレースで、ツールでは基本的にチームの1人のエースを勝たせるために、他の8人がアシスト役となって援護する形態をとる。誤解してはならないのは、駅伝のようなリレー形式では決してなく、ツールは全員一斉スタートのレースであることだ。全ての選手が全てのステージをこなさなければならない。そして、毎ステージでタイムオーバーが設定されており、失格になると翌日からは走ることができないという基本ルールがあるから、たとえアシストであっても手抜きは絶対にできない。

4.ロードレースのキーワード『空気抵抗』&『チームプレイ』

 さて、自転車のレースでは「風圧との戦い」という表現がよく使われる。“空気抵抗”を組織的な動きで最小限に留めるためにも“チームプレイ”が大いに活用される。

 人力は有能なアスリートと言えども有酸素運動で出せるパワーは1馬力に満たないが、それでいて5馬力以上のパワーを持つモーターバイクと同等かそれ以上のスピードを維持できるのはどうしてだろう?その答えは第一に“ロードレーサー”と呼ばれる競技用の自転車が軽くてロスの少ない構造を持っているからだ。それでも空気抵抗を受けながらたった1人で5時間以上の競技時間を平均時速50kmに達するようなスピードでは走れない。読者の皆さんでも、向かい風の中でペダルを漕いだ経験があるかもしれないが、その時感じる辛さが空気抵抗によるものなのだ。無風でも自転車が時速30kmを超えるとその感覚は体感できる。そこで重要な役割を果たすのがアシストたちなのだ。アシストたちはエースを風下に従えて縦の隊列をなし、8人がそれぞれ空気抵抗を分担して受けるための“ローテーション”を組むことで、エースの体力の消耗を軽減しながらハイペースを維持できる。従って高速走行を可能にする第二の答えは、空気抵抗を最小限に抑える組織的な動きである。

 ローテーションはライバルが先行している際にそれを追うために組まれたり、集団の先頭に立ってハイペースを維持して、ライバルのアタックを封じ込めるために組まれたりする。また、単独でゴールを目指してアタックする選手も、このローテーションにはかなわない。したがって、マラソンのように途中経過でトップの選手が、そのままゴールに1位で入るということはまれだ。マラソンのように実力差がそのまま勝敗に出るのは、平等に風圧を受ける個人タイムトライアルか、逆に風圧の関係無い上りの勝負だけと言っても過言ではない。

 また、スプリンターを優勝させるために、ゴール前でまるで多段ロケットのように牽引するのも空気抵抗を分担した上手いやり方で、スプリンターを最も良いポジションでスパートさせることが可能になる。このような風圧を利用した基本プレイを知った上で、チーム間の心理戦が少しでも見えてくれば、ツールは単なる“激闘”という側面だけではなくゲームとして何倍も楽しめるものになる。国内でもフジテレビやJスカイスポーツが放送をしていて、私も解説を務めているので是非見ていただきたい。

5.超人的なスタミナを持つ選手のボディー

 レースシーズンに入ると毎日のようにヨーロッパ中でロードレースが開催されているため、プロ・ロード選手は1シーズンに100〜140レースを消化する。そういったハードスケジュールに加えて、ツールのような極めて過酷なステージレースをこなそうとすると、体のキャパシティーとリカバリーが超人的でなければ通用しない。そういう意味で有酸素運動能力と耐乳酸性の運動能力が抜群に高いのは特筆すべきで、VO2MAX(最大酸素摂取量)が80〜90ml(POLARのハートレイトモニターなら安静のまま測定できる)、その運動レベルを連続して維持できる運動時間は2時間以上、安静時脈拍数30〜40というように人間の能力の限界を極めている。また体脂肪率は常に4〜6%、さらに上りで重荷になるような無駄な筋肉は付いておらず、同じ自転車選手でも競輪選手のような太股ではなく、比較的細くてハイパワーな筋肉になるようなトレーニングを普段から心掛けている。余談だが、ロード選手は200kmを超えるレースをバンバンこなすのに、歩くのが苦手で500mも歩くと疲れきってしまう。これは普段使わない筋肉が疲労してしまうためなのだが、それくらい徹底して無駄な筋肉は付けないのだ。

 また、1日の消費カロリーも桁外れで、ツールの期間中は基礎代謝エネルギーも含めて約7,000キロカロリーを消費するから、朝食からジャムや蜂蜜をたっぷり含んだパンやシリアル、それにパスタやライスなど炭水化物を食べ、走りながらも補給食をこまめに口に運ばなければならない。ちなみに、これだけで約4,000キロカロリーを摂取することになる。

6.科学的に戦うための『ハートレイトモニター』

 心拍数による客観的な運動強度の管理が徹底しているのもロード選手の特徴だ。自らのVO2MAX(最大酸素摂取量)を見極めた上で、効率のいいエアロビクス運動を保つように心拍数をハンドルにセットしたモニターで確かめながら走っているのだ。そしてプロなら100%の選手がパソコンで心拍推移を解析して、トレーニングやレースの攻略にも役立てている。そんな必要不可欠なアイテムだ。

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